ちょっと自由に生きるコツ

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ちょっと自由に生きるコツ

見方を変え気持ちを変えるとちょっと自由になれるかも。 ビジネスマン向けのメソッドから、日々の雑感までを綴っていきます。

報連相のお作法 その2 こんな失敗をしました・・・。

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こんな失敗をしました・・・。

「報連相」は大切とは分かっていても、やっぱり億劫になるときってありますね。

特に上司が細かいことに口出しする人だったり、何事に対しても否定的・批判的な人だと、二の足を踏みたくなるのも人情です。

 

それでもやっぱり、しっかりと行うべきです。

会社生活の中で絶対に手を抜いてはいけない重要事項なのです。

 

私自身、これを怠って何度も失敗をしました。

以下、その一例ですが・・・。

ある上司と非常に折り合いが悪く、極力、避けるようにしていた時期がありました。私にとっては「細かいイチャモンを付けてくるくせに、結局は逃げる人」、彼にとっては「全然いうことを聞かない生意気なガキ」だったと思います。

 

彼から、とある仕事を命じられました。何日もかかる仕事でしたが、具体的なやり方を指示されたので、そのとおりに進めていました。

進捗状況などの報告は一切行っていません。

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ある日「あの仕事はどうなっている?」と問われました。

「言われたとおりにやってますけど(なにか?)」、ちょっとイラっとした感じで答えてしまいました。当然、上司はカチンときます。バトルモード突入です。

そこから「あれはどうなっている?」、「これはどこまで進んだ?」と、細かい質問を矢継ぎ早に浴びせてきたのです。

 

はじめのうちは、答えられることは答えていました。

こちらも相当、意地になって、喧嘩腰で答えていたと思います。ですが、次第に答えられなくなります。と言うのも、答えられない質問ばかりを投げかけてくるからです。

 

それもそのはず、この時点で彼は仕事の進捗などどうでも良く、ただ私を屈服させることのみが目的になっていたでしょうから。

なので、私が答えられなくなるまで、ひたすら追い込み続けた訳ですね。そして、締めくくりは「お前はオレをどこまで蔑ろにしたら気が済むんだ!」という一言。

両者の関係がさらに悪化したのは言うまでもありません・・・。

 

失敗した理由とは・・・

今となって思うことですが・・・、彼としては、純粋に仕事のことを気にしていたのでしょう。どうなっているのか心配していたのだと思います。そして、報告を待っていた。けれども、自分からは聞けなかったのだと思います。

 

そこには「部下から報告してくるのが当たり前だろう」という思いがあっただろうし、「自分から訊ねて変なプレッシャーを与えてはいけない」という配慮があったからかもしれません。

 

ところが、いくら待っても一向に報告に来る気配がない。

「報告や相談に来ないとは、自分は舐められてるんじゃないか?」

との疑念。

そこで、思い余って訊ねたら、つっけんどんな回答をされた。

そりゃぁ、「ブチッ!」ときて当然ですね。

そして、日ごろから気に入らない生意気なガキを締め上げてやろう、となったのだと思います。

以上、全部、勝手な憶測ですが、客観的に見て報告をしなかった私に問題ありです。

 

「報連相」が必要なわけ

なぜ上司に報連相をする必要があるのか、特に進捗状況を報告する必要があるのかは、以下の理由からだと考えています。

 

上司を安心させる

上司は自分が「重要」と思っている仕事に関して、部下以上に気を揉んでいる。うまく進んでいるかどうかは別にして、現状を知りたがっている。

あわせて上司の存在に重きを置いていることを知ってもらう。

(上述のとおり、案件の内容がどうこう以前に、「報告しない」という行為自体が人間関係に悪影響を及ぼすリスクがあると言ってよいと思います・・・)

 

上司に覚えておいてもらう(忘れさせない)

上司はただでさえ忙しく、いろんな情報を抱えているため、自身の案件が忘れられてしまうリスクがある。また、ブランクがあくと、それまで言っていたこととは全然違うことを、思いつきで言い出しかねない。

 

上司の知恵を得る

進捗に伴って状況が変わり、対応を変えていくのはよくあること。その際、上司の知恵を得ることで、より品質の高い対応が可能となる(上記2の「思いつき」とは別物です)。

 

と言うことで、報連相の大切さ、それをこまめにすることの必要性は理解いただけたと思います。

 

もちろん、「上司と良い人間関係を作っておくこと」と、それ以前に「サラリーマンとして、最低限の礼節は身につけること」のほうが、はるかに重要なのは言うまでもありませんが・・・。

 

では、また。

 

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